ボム君.com

プログラミングで世界を変えよう

期待なんかに応え続けていても良いことは無い

f:id:powerbombkun:20160219235443p:plain

「君に期待してるよ!」
「期待に応えれるように頑張ってね!」

仕事をしている人なら一度はこのような言葉をかけられたことがある人は多いのではないか?

僕も今までの人生で何度もこの言葉を聞いてきた。新しい職場、新しい上司、新しい仕事に出会うたびに何度も言われてきた。

そんな僕だが『期待に応える』というこの言葉が嫌いだ。

期待とは何か

そもそも期待とは何なんだろうか?
ネットで調べてみると下記のような意味が出てきた。

よい結果や状態を予期して,その実現を待ち望むこと。

www.weblio.jp

期待をかける相手は自分に対して何か良い結果や状態を予期して待ち望んでいるのだ。子供のテストの点数や彼氏からのプレゼント、親からのお年玉など僕らのまわりは人に期待することで溢れている。

人はなぜ期待するのか

人が期待する理由とは何か?
僕は『現実逃避』だと思う。

人は悪い状況になりそうになった時に逃避行動を取りたくなる。営業先で大失敗したら営業所に戻って上司に会うのが憂鬱とか、週末は元気なのに月曜日になると会社に行きたくなくなる等。人は逃避行動を取ることで悪い状況になることを少しでも軽減しようと無意識にしている。

期待をする時、人はこの位やって欲しいという基準を持っている。この基準以上のアウトプットがあれば自分の作業が楽になると想定している。だが、それは逆にアウトプットが基準未満だった時の状況は悪いということだ。悪い状況には誰だってなりたくない。なので、期待をするという現実逃避で悪い状況から心理的に逃れているのだ。

カンフル剤としての期待

そもそも本当に期待しているのかというのもよく考えたほうが良い。ただの口実で使っているだけかもしれない。期待という言葉を武器にプレッシャーをかけているのだ。

『期待しているから頑張ってね』

という言葉は

『てめー!頑張ってやらねーとどうなるか分かってんのか!』

とも聞こえる。

プレッシャーをかけることで相手に自分が必要としている基準までやらせることを強制しているのだ。それはまさに人を必死に作業させるためのカンフル剤。期待を連呼してくるやつには気を付けたほうが良い。

期待に応えれなかった時は地獄

期待というのは期待を超えた時というのは相手から賞賛され評価されるが、期待を超えれなかった時は最悪だ。相手の顔から笑顔が消えて鬼の形相になる。

『なんでこんななっちゃったの?期待してたのに。』
『期待してたんだけどダメだったか。残念。』

これらの言葉は僕らの心に突き刺さる。自分は期待に応えれない人間だ、なんてダメな人間なんだと思ってしまう。悲しすぎるぜ。

期待を超えた先には新たな期待がある

もし期待されたこと以上のアウトプットを出して相手から賞賛されたとしよう。その後には何が待ち受けるか?それは新たな期待だ。

今まで100を期待されていて毎回それを超えるようになってくると、今度は110を要求してくる。それができるようになると次は120。エスカレートが止まらない。

人の欲求には限りが無い。結果に満足するようになるとそれに慣れて飽きてしまう。新たな大きな満足を得るために欲求がエスカレートする。それは人が心の奥に持っている麻薬のようなものだ。もっと、もっとと心がおねだりしているんだ。

自分は自分

結局期待なんかを意識しているとロクなことが無い。期待を超えれなかったら地獄、超えたら新たな期待が待ち受ける。どちらにいっても楽になることが無い。

僕は上司に期待されているから、彼女に期待されているからなんて考える必要は無いと思う。期待なんかを意識しないことが大切だ。僕らは期待してくれる人のために生きているんじゃない。自分のためにやっているんだ。相手からの賞賛や怒号などどこ吹く風でいいじゃないか。自分は自分でいいよ。