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僕が退職を決めた時の思い出ストーリー

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これは僕が2014年2月に会社を辞めた時の話だ。

上がらない評価に気力の限界

「今四半期も成果はダメでしたね。」

上司からの成果フィードバック会でそう言われた時に僕の心の何かが切れてしまった。2013年10月初旬のことだった。

定時退社日なんて存在しない会社での毎日夜遅くまでの残業。上司から怒鳴られる毎日。必死に働いていた僕にとってとどめを刺すような強烈な言葉だった。

僕としては四半期を通して頑張って働き、今まで以上の成果を出したつもりだった。先輩からも「今四半期は良かったから成果期待できんじゃない?」と言われていた。それなのに上司から何も評価されていない。

まるで上司に『君の成果は私の視界に入っていませんよ。』そう言われているように僕は感じた。

  • 自分の情けなさ
  • 成果が上げれない悔しさ
  • 自分を評価してくれない上司への怒り

そんな様々な気持ちで僕の心はぐちゃぐちゃ。今にも泣きそうな気分だった。

その日は家に帰った後、一人で寝るまでビールを飲んでボーっとしていたのを覚えている。

気持ちが切れて退職を決断

上司からの一言で気持ちが切れた僕は家で仕事のことをよく考えてみた。

当時僕が働いていた会社は優秀なメンバーばかりのソフトウェアの開発会社。優秀なプログラマーやリーダー達に囲まれ、ここにいればすごく成長できると確信できる程の会社だった。

しかし成長には苦労が付き物。会社は相対評価で社員に対して点数をつける。それによってやる仕事、権限、給料も変わってくる。

そんな相対評価の制度は実力が無い僕にとっては地獄。仕事をやってもやってもさらに良い成果を上げた同僚に負けてしまう。実力が無いなら人の2倍、3倍ガンバレば良いというが、僕にはそれができるほどの気力は残っていなかった。気持ちが切れて本当に疲れてしまっていたんだ。

ついに

『このまま定年までこの会社でガンバレる自信が無い。辞めないと自分が壊れる。』

そう思い僕は退職を決断した。

それは2013年10月下旬のことだった。

転職活動開始

『会社なんて辞めてやる!』

そう思ったものの、次の会社を決めないと給料が入らないので生活ができない。そこですぐに転職活動を始めた。

僕は既に1度転職した経験があった。そのため僕にとって会社を辞めたり転職したりすることにさほど勇気はいらなかった。

ネットで求人広告を見たり自分に合いそうな転職先企業を検索した。リクルートエージェントやDODA等の転職エージェントにも登録した。

  • 給料
  • やりがい
  • 有給の取りやすさ

様々な角度から失敗しない転職先企業を探した。

当時僕が働いていた会社は体調不良以外での有給休暇は年に4日しか認められなかった。だから、特に休みの取り易さはよく調べた思い出がある。

そんな中で見つかった会社。僕が今働いている会社だ。給料、やりがい、有給それぞれが僕の基準としていた条件を満たしていた。

履歴書も気合いを入れて書いたので書類選考もすぐに通り、面接まで進むことができた。

転職先から内定連絡

「○○の技術は任せてください!」
「プロジェクト管理で○○人のチームを率いていました!」

面接では僕の経験した仕事やスキルを2、3倍に盛って話をした。絶対ここで内定もらって意地でも会社辞めてやるという気持ちが僕の話を盛らせたのかもしれない。

この自信満々に胸を張って話す僕を見て面接官が言った。

「○○さん若いのにいろんなスキルありますね!人間性も良いし!ぜひ当社で頑張ってください!」

そう言われて僕はホッとした。毎日の残業や上司からのプレッシャーを受け続けるあの地獄のような日々から解放されたと思ったら安心感で気分が晴れやかになった。

数日後電話で内定通知を受けた。2013年の12月上旬だった。

退職連絡のタイミング決断

僕は上司になかなか会社を辞めることを言えなかった。

当時働いていた会社は全くと言っていい程会議が無い会社だった。毎週水曜日の朝30分程度の定例会議があるがそこにはチーム全員が集まっている会議。なので会議という名目で上司と話をした後にこそっと辞職のことを言うということもできなかった。

下手に上司を会議室に呼び出して周りに勘ぐられるのもなんか嫌だ。そんな思いがあり僕は辞職をなかなか言えないでいた。

『いつ言おうか。』

そんなことをしばらく考えて、唯一見つけた最高のタイミング。それが年末にある四半期の成果フィードバッグ会だった。

そこしかない、僕はその日まで辞めるそぶりを何一つ見せずに働いた。2013年12月中旬だった。

退職連絡

「他に何か質問や言っておくこととかありますか?」

四半期の成果フィードバッグ会の最後に上司が僕に言われた言葉だった。

『待ってました!』そう僕は思った。

正直そこまで上司が説明していた四半期の成果なんて何も聞いていなかった。辞めるからどうでもよかった。

そして一言こう上司に言った。

「会社やめます。(-_-)」

と僕は言った。

その時上司は

「はいーーっ!?」

僕が会社を辞めるという事実にとても驚いていたようだ。大きい声で目を大きくししばらく沈黙の時間が流れた。

そこからいろいろ聞かれた。

  • 辞める理由
  • 何が良くなかったのか
  • 転職時期

それ以外で一番しつこかったのは転職先企業だ。

転職先企業からは辞める際に社名は言わないでおいてくださいねと言われていた。だが、働いていた会社では競合他社への転職を禁止するというルールがあったので上司は必死になって聞いてきた。本当にしつこい。

別に競合では無かったので、しばらく渋っていた僕もついにおれた。社名を教えてやった。

それ以降はもう諦めたようで特に引き止められたりしなかった。

最後にこう言われた。

「退職日までの残された期間よろしくお願いします。」

2013年の年末のことだった。

退職までの限られた時間

解放感と爽快感。

会社を辞めることを言った後、仕事へのつらさはそこまで感じなくなっていた。プレッシャーや成果を上げることを意識しなくなったからだ。

1度目の転職の際も辞職を決めてから退職日までの期間が一番楽しかったが、この時も同じだった。始めて気楽に仕事をできた期間だった。

ただ、周りの人には辞めることは言わないでくださいと上司に言われていた。だからひたすら退職の件は周りに黙っていた。

ある日後輩の新人の子が今後の計画とかを相談してきた。さすがにその時は、辞めるそぶりを見せずに今後の計画を語るというのはダマしているような気分だったので申し訳ない気持ちにはなった。

また、会社には沢山のプログラミング関連の技術書があった。残された期間は精一杯自分のスキルアップのために使おう。そう決意して毎週のように自分の今後に役に立ちそうな書籍を借りて家で読んだ。今までこき使われた分、精一杯会社を利用させてもらえたのでラッキーな期間だった。

2014年1月のことだった。

別れの時

退職日は2014年2月20日だった。

普通の会社は退職日は一日掃除とかをして机の整理をしたりするのかもしれない。しかし僕の働いていた会社は最後までそんなゆるさはなかった。定時の30分前までプログラミングをして最後の仕事をこなした。

最後の業務をこなし、上司にメールを書いた。感謝の気持ちはそこまでなかったが、とりあえず感謝している風の内容をメールにまとめて書いた。

会社を出る時に上司が見送りに来てくれた。

「ありがとう、今後の活躍を期待しています。」

そう言われた。

僕のことを全く評価してくれないクソ上司とずっと思っていたが、最後はうるっときた。

今の僕

転職した僕は転職先企業で元気に働いている。

理不尽な内容の仕事もたくさんあるが、とりあえず前職の時のようにプレッシャーで精神的に追い込まれたり、有給が取れないなんてことは無い。

改めて転職できて良かったと思っている。

あきらめずに頑張れというのは子供の頃から言われていたことだが、ムリだと思ったらあきらめて次のことをやるというのも良い選択であると転職してみて思った。

僕が今こうして気楽にブログを書けるのも転職のおかげだ。

転職は僕の心を豊かにしてくれた。

ありがとう。