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レビュー、IT系のネタ、ブログ術等を書いています。

苦痛でしかなかったピアノ教室で学んだこと

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NHKの「仕事の流儀」という番組で牛田智大君という16歳の天才ピアニストが紹介されているのを見て、ふと僕も幼い頃にピアノ教室に通っていたのを思い出しました。

僕はピアノを習っていた

習っていたのは小学校3~6年位。週に1度親に連れられてヤマハのピアノ教室に通っていました。

特に自分がピアノがやりたいと親に言って始めた訳では無かったと思います。なんとなく妹がピアノを習うから親に言われてとりあえず一緒に習っていたという感じでした。

苦痛でしかなかった

NHKの番組で見た牛田智大君は本当にピアノを楽しんでいるという印象でしたが、それと相反するように僕にとってピアノ教室は苦痛でしかありませんでした。

親に言われてなんとなく通っていたのもありますが、自分が引きたい曲も無くなんとなく出された楽譜を引いている。

ピアノへの興味ゼロという感じですね。

好きでもないのに通っていることもあって当然ピアノは全然上達しませんでした。家にはエレクトーンがあったので練習しようと思えばできましたが、全く練習もせずに週に1度のピアノ教室の日を迎えていました。

ピアノ教室でも当然先生に「何故練習しないのか?」と鬼の形相でキレられました。先生をイライラさせてしまい、それに対して僕は恐怖とストレスを感じていました。

本当に苦痛でした。

何も得られたものが無い

自分で言うのもなんですが、僕は小さい頃はルールをよく守り、親の言うこともしっかり聞く子供でした。

僕は小さい頃に何度か親に「ピアノ教室行くの何か嫌だなぁ。」と親につぶやいていました。そうつぶやくと決まって親はこう返してきました。

「もう少し頑張ってみたら?」

親の言うとおりに従う良い子だった僕はそのままずるずると卒業まで続けてしまっていました。

中学校にあがる前に親にやっと辞めることを自分で告げて、ピアノ教室を辞めれました。その時こう思ったんです。

何故もっと早く辞めなかったんだ?

結局そのピアノを習っていた期間で何も得られなかったんです。

大してピアノも上達せず、ストレス耐性が付いたかなという位のものです。

ピアノ自体も好きになれなかった僕は、結局それ以降ピアノに触ることはありませんでした。

やらされて嫌なことをやっても何も得られない

この経験から学んだことは、やらされて嫌なことをやったとしても得られるものは何も無いとということです。

嫌なことでも継続が大事だよという人がいます。

僕はこの言葉は半分当たっていて、半分外れていると思います。

それは自分の意思があるかの違いです。

野球のイチロー選手は練習が嫌いだそうです。練習はつらくてつまらないことの繰り返し。そりゃ誰だって嫌にもなりますよ。

でもそれはプロとして試合で活躍するために本人が必要だと判断し、自分の意志でやっている訳ですよね。目標を実現するためのプロセスの中に嫌なことをクリアすることがある。未だに現役で活躍している理由も納得ですよね。

つまり目標を持って自分の意志で嫌なことをやるかどうかが重要な訳です。

何の考えも持たずに嫌なことを続けてもそれは刑務所で罰を受けているようなもの。そこにツラさしかないです。

やらされて嫌なことをやるのではなく、嫌なことをやるなら意思を持ってやらないと得られるものは何も無いということなんでしょう。